ママ友ゼロ母日記

ママ友って本当に必要?いなくなったら気持ちが楽に

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学校のクラス替えの決め方って…昭和と令和で変わったと思いませんか?

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こんにちは。

ママ友ゼロ母です。

 

 

私が小学生のころ…30年以上前の話ですが、

 

仲の良い友達とはクラスが離される

 

というのが定説でした。昭和生まれの皆さんはどうでしたか?

 

実際に、いつも一緒に通学し、放課後も一緒に遊んでいるような親友とはクラスが一緒になれませんでした。2人ほどいましたが、どちらとも小、中通して一緒のクラスになれなかった…ですね。やっぱり、

 

この噂は真実だ!

 

と私は確信していました。

 

一説によると、今いる友達にばかり固執せず、新しい友達をどんどん作って欲しいという学校側の配慮だったとか。まあ~私は学校関係者ではないので、本当のところは分かりませんし、私の場合も、ただ偶然が重なって、親友とクラスが別々になってしまっただけかもしれませんが…。

 

 

ただ、自分が子育てを始めてみると、どうやら時代は変わったなとひしひしと感じています。

 

というのも、平成から令和に生きる娘、息子の小学校でのクラス替えの様子だったり、

娘が中学に上がるときに担任の先生に言われたことで、なるほどと変化を感じました。

 

ただ、実際に娘が中学に進学した中学ではちょっと様子が違います。

 

 

今日は、あれこれ学校のクラス替えについてお話ししたいなと思っています。

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娘の小学校時代

 

娘はいわゆる大人しい子として学校では通っていました。家では超絶わがまま娘でしたけどね…。学校では我慢してたのでしょう。

 

そんな娘は、虫が大の苦手です。それを知り、やんちゃな男の子たちが敢えて、

 

ほれっ虫…虫…

 

なんて放り投げられ、からかわれ、泣いているような子でした。

 

授業参観に行っても、彼女がなんて言っているの分からないほど、まさに蚊の鳴くような声で発言するような子だったのです。周囲の子が、

 

〇〇って言ってますよ~

 

って大きな声で代弁されちゃうような子です。いつの時代にもいますよね~。

 

 

そんな彼女は、広く浅く友達をたくさん作るのが苦手だったので、ごく少数(3~4人程度)の友達としか交流していなかったのです。

 

というわけで、毎年このクラス替えはドキドキものでした。ごく少ない友達と別々のクラスになってしまったらどうしよう?と。

*ちなみに、クラス数は低学年で4クラス、その他の学年で3クラスに分かれる程度の規模の小学校です。

 

 

実際蓋を開けてみるご、一番仲の良かったお友達とはなんと5年連続で一緒でした。

偶然?いや明らかに作為的だったと思われます。定期的にアンケートが児童に配られ、「友達の名前を数人挙げなさい。」というものがあったらしいのです。

昭和に生まれ育った私たち夫婦は、真実を書くと来年度別々のクラスになっちゃうのでは?と冷や冷やものでしたが、それは、各児童の友人関係を把握するだけではなく、

 

孤立していないか?

いじめはないか?

 

の確認のためであり、更に次年度のクラス替えの材料として、

 

孤立させない!

 

ための判断材料でもあったのですね。

 

もうここに昭和のスパルタはありません。大人しい子や友達作りに苦労しそうな子は最初から救済してやり、親友と同じクラスにするのです。いつの時代にも、問題を起こした子たちは別々のクラスにされますけどね。

 

なるべくトラブルの元は絶つ!ということなのでしょうね。

 

これが確信に変わったのが、娘が小学校を卒業するころのことでした。

 

 

6年生ときの担任の先生から言われたこととは?

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卒業を控えたある日のこと。娘の親友に担任の先生が近づき、

 

○○さんは中学校に上がったら、誰と同じクラスになりたい?

 

と聞いていたと。中学校から希望を聞いて欲しいと依頼があったようなのです。

本当に名前を挙げた友達と同じクラスになれたそうですよ。その子だけではなく、他のクラスの子も聞かれており、実際に中学で同じクラスになれたとか。

 

まあ~娘は、公立とはいえ学区外の中学に進学する予定だったので、

 

△△さん(娘の名)の中学からは聞き取り調査の依頼がないから、ごめんね。

 

と言われたそうで…そりゃそうですけどね。同じ中学に進学する女の子はゼロだったのですから、聞かれても無駄です。

 

 

その話を聞いて、なるほどやっぱり令和の学校は、

 

児童、生徒を孤立させない!

 

これが最重要テーマなのねと実感しました。

 

 

私も娘以上に陰キャで、友達作りが苦手な子だったので、当時からこの配慮が欲しかったよと心から思いましたが…。

 

女子の世界で孤立は辛い、でも、自分から話しかけて友達を作るも大変なんですよね。

 

令和に時代に生まれたかった~。

 

 

 

息子の小学校では

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娘のお蔭で、そんな裏事情を知ってから同じ小学校に入学した息子ですが…。

 

大人しい子?いや、相当なる変わり者なので、友達作りは苦戦の連続でしたね。

 

話好きではあるけど、かなりピンポイントのオタク話になってしまうので、大部分の子には???だし。悪気はないけど、ぽろっと本音を言ってしまうので(空気が読めません)、ときに嫌われてしまうような子です。

 

1年生の間は本当に苦戦し、孤立してばかりでした。

でも、本人は友達が欲しくて仕方ないので、見ている親も切なかったですね。

 

何とか二人ほど話せるかな?程度の子ができたようで、次年度も同じクラスにしてもらえていました。今年度もまた同じクラスです。絶対作為的だよね!でも、心遣いに大変感謝感謝でございます。

 

昭和でなくて良かったねと心底思います。

でも、まだまだ親としては心配が付きませんが…。

 

 

娘の中学では

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学校内の中学に進学すれば、小学校と同じく孤立しないようにと配慮があったようですが、娘の進学した公立中高一貫校は、比較的昭和寄りですね。

 

1年生は仕方ありません。県内全域から生徒が集まってくるので、仲が良いも悪いもありませんよね~と言いたいところですが。

 

まあ~地方で中受専門塾が限られているので、そこで既に友達になっていたり、また、全域といっても出身小学校に偏りがあるので、ある学校からは1名進学、一方である小学校から7,8人進学なんてこともあります。

 

案外、顔見知りもちらほらいるというのが実情ですね。

 

ただあくまでも学校としては、みんな知らない子同志という前提で、中学校生活が始まるので、早く友達を作らせようと、入学してすぐに泊りがけのオリエンテーションがあったり(コロナ禍でここ2年行われていません)、縦割りで地区別に集まって交流会を行ったりと工夫はされています。

 

同じ小学校出身の1年生から5年生までがずらっりと集まるのですから、それはそれで壮快ですよね。娘の出身小学校は、コンスタントに複数名毎年進学しているので、それなりの人数になっていたとか。記念写真撮りたい♪と思うほど楽しかったようですよ。

 

学校側の配慮と本人の頑張りもちょっとあり、1年が終わる頃には、親友と呼べる子たちもできて、かなり学校生活をエンジョイさせていました。

 

 

ところが一転、2年生は試練の年になりやすいです。

 

 

全部、ひっぺがされます。

 

それは恐ろしいほどで、友達は見事なくらいバラバラにされ、リア充も引き離されます。

 

まじで、スパイいるのでは?

 

と思えるほど、関係が把握されており、バラッバラにされます。娘の年が特別だったわけではなく、部活の先輩いわく毎年そうだとか。だから、スパイ説が出るのですね。

 

親しく生徒の中に入ってくる先生が怪しいとか(部活の顧問でなくても、気楽な体でのぞいてくる先生がいたり、放課後、生徒と世間話をしてきたり)、もしかしたら、一見大人しいと思われている生徒がスパイだとか(まあ~これはないでしょうけど…)噂が立つほどです。

 

 

小学校時代のところでお話しした通り、友達作りがちょっぴり苦手な娘は、この試練に打ちのめされました…。毎日、友達いない…寂しいを連呼してましたね。

 

結局のところは、気の合う新しい友達をごくごく少数作り、何とか暮らせたようですが。

 

 

小学校や学区内の中学校とは違い、昭和的発想で、

 

新しい友達をどんどん作れ!

 

がクラス替えのテーマのようですね。

 

これから社会に出ることを考えれば、このスパルタも愛のムチ(古い言い方(笑))なのかもしれませんが、その思いはなかなか伝わらず、娘のような子は先生を相当恨んでいましたね。

 

 

そして現在(3年生)、もうネタも尽きているので(1,2年と積み重なった親友同士をバラバラにするにも限界がある)、ある程度慣れ親しんだ友達と一緒のクラスになり、落ち着いた生活を送っています。4年生もこんな感じで過ごし、5,6年は大学受験一色なので、理系文系に分かれ、更に成績で分けられ、友達関係うんぬんなんて生ぬるい世界とは全く関係のない領域へと突入していきます。

 

 

卒業生のお母さまたちからお話を聞く会が毎年行われるのですが、この6年間の結束は相当強固なものだそうで、大学がバラバラになっても、東京で定期的に同級生と集まって懐かし話に花を咲かせているそうです。

 

そんな話を聞くと、6年間中高一貫教育を受けた人って良いなあ~羨ましい~って素直に感じます。

 

 

まとめ

今回は学校のクラス替えの変遷についてお話てみましたが、その時代時代の流れが色濃く表れていますよね。

 

昭和的発想は、社会は厳しいのだから、学生のうちから、いかなる環境でも新しい友人関係を築き、生きるすべを身につけよ!というメッセージだったのでしょう。

まさにスパルタ式です。

 

ただそれでは対応しきれない問題が多発してしまったのが現実ですよね。

不登校だったり、引きこもり(ニート)だったり、その他問題山積み…。

 

昭和の時代なら、それらも子の努力が足りない、親の育て方が悪い、子の性格に問題があるから仕方ない、環境が悪いで片付けられ、要は馴染めないのは、おまえの責任だ!と言わんばかりに自己責任論で片付けられ、支援されずに放置されていましたが、

 

令和の今は親は黙っていないから、最初から配慮をして、なるべくなるべく問題が起こらないようにしているのでしょうね。

 

昭和世代からすると、過保護すぎと言われそうですけど。

 

 

ただその一方で、研究が進み、発達障害など脳の構造が影響している可能性がある(子の努力だけじゃどうにもならないし、まして親の育て方や環境のせいでもない)と分かり始め、自己責任論で安易に片付けたり、放置してはいけない!ということに気付き始めたという側面あるのかもしれません。

 

支援だったり、ときに保護したり、学校側から手を差し伸べることも必要ですよね。

スパルタ式では問題は解決しませんからね。

 

 

 娘の学校も方針がそのうち変わるかなあ。

それにしても、スパイ説は面白いですけどね。

 

 

 

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。