こんにちは。
昨日のブログにご訪問いただいた皆様、いいね!やブックマーク、コメントを残して下さった方々、本当にありがとうざいました。はてなブックマークで何か載せていただいたようで、私の想像を遥かに超える訪問者数に驚きが隠せません。今現在も驚きの中にいます。
私自身飽きっぽい性格なので、こちらのブログは、子育て、育児の話題だけではなく、料理あり、美容や健康の話題など雑記で綴っています。それはちょっと…という話題もあるかと思いますが、ご興味のある話題がありましたら、また、お立ち寄りいただけたら励みなります。
さてさて、昨日、幼稚園の選び方についてお話しさせていただきました。その中で、
自己肯定感の高い子に育って欲しい!とか、
世間は気にせず、幸せは自分自身で決めるもの。とか、
親と子は別の生き物だと認識しよう。とか、
何でも平均的にこなせる人を目指すのではなく、一つ秀でたものを強みにしよう!
なんて考えるようになったのは、息子の影響かなと思っています。
第1子である娘は、比較的器用な子で、まあまあ空気も読めるし、人間関係にも特別困っていないし、壊滅的な運動神経は除いて、その他はおおむねこなせる子です。
それが私の育児、子育ての常識だったので、息子の存在は、それはそれは第2子とは思ないほど手探りで、不安や迷いの連続でした。(今も悩みは尽きませんが…。)
今日は、そんな息子の幼稚園入園前~入園後の変化についてお話しできたらと思っています。
*ちなみに、現在娘は中3の14歳、息子は小3の8歳で、6つ違いに姉弟です。
乳幼児期の息子は
そろそろ少しずつ集団に慣れさせるころかなと思い、息子が1歳のときに、近所の児童館に連れて行きました。
平日だったので、人はまばらで、3~4人同年代の子達が遊んでいる程度。ですが、息子はその光景とを見ると、怯えて部屋の片隅に行き、ずっと泣いて動かないのです。おもちゃを渡してもポイ。どんなに誘ってもかたくなに泣いて動かず、今日はもうダメだ…日を改めようと、諦めてトボトボ帰るしかありませんでした。
それならと、娘と一緒に別の児童館に連れて行ったこともありましたが、今度は、玄関から中にする入ることすらできず、泣きわめかれて終了。そんなことが数回続いていたのです。
じゃあ~場所を替えて遊園地ならどうかな?と思って連れていったものの…。人の多さと園内の音に驚き、泣いて泣いて全く楽しめません。ただ屋外だったので、泣きながらも歩き始めた息子についていくと、ほとんど人気のない、遊園地まできて誰もこんなさびれた遊具で遊ばないよ…という感じの滑り台の下に隠れるように入り込み、砂いじりをし始めたのです。
息子にとっては、人ごみから離れ、騒音から逃れ、安全地帯だったのでしょうね。
また、普段から音にとても敏感で、テレビで幼児番組を観せていても、好きな曲の時は体を揺すったり、画面を食い入るように観るのに対し、嫌いな曲になるとダイニングテーブルの下に身を隠し、耳をふさいでしまうような子でした。
こんな感じで乳幼児期から、集団が苦手で、聴覚過敏の特性が顕著に出ていました。
幼稚園のプレスクールでは…先生の言葉に涙
一抹の不安を抱えながらも、娘が3年通った大好きな幼稚園のプレスクールに、息子を連れて参加しました。
着いた瞬間に、久々の幼稚園の雰囲気に私の心は躍っており、懐かしの先生に声をかけていただいたり、娘のときから知り合いのママにばったり会ったりと嬉しがこみ上げてきていたのですが…。
息子はつまらなそうで、全く他の子達の輪に入っていけません。予想通りですけどね。何も参加できず、逃げて逃げて、逃げ回り、どうにもならず園庭の端っこでポツンと二人、みんなの様子を眺めることしかできませんでした。この状況に私は、
何があっても、この子とともに生きていくんだ!
と妙な覚悟ができたのを覚えています。
毎回こんな状態が続き、先生方も気にかけて声をかけて下さるも、やはり輪に入れず終いでした。恐らく、私の顔は毎回曇っていたのだと思います。あるとき、馴染の先生から、
2人目産んで良かったね!
全然子供って個性が違うって知ることができたでしょ!
と、最初は何を言ってくれちゃってるの?と、こんなに大変な思いをしてるにと思いましたが、段々とものは考えようか~と心がふと軽くなった気がしたのです。
人それぞれ個性があって当たり前だよね。その人には常識でも、別の人には常識ではないかもしれない。好き嫌いも得手不得手も全然人によって違うのだと。
先生の言葉で気付かせてもらった気がしました。
迎えた入園式!そして成長
<入園式>
とはいえ、入園前は不安しかありませんでした。
早生まれであることを考えても、やっととこ二語文の会話が出てきたのが年明けです。意思疏通もままならないし、当然のごとくトイレトレーニングも進んでいませんでした…。
息子の言葉の発達についてはこちらに綴っています。
オムツをはいての入園式だったので、いつでも式から抜け出せるようにと、一番後ろの席を案内されました。
幼稚園によっては、自席に座って、入園式で名前を呼ばれたら返事ができるよう訓練してくるよう言われているところさえあります。その点では、発達の遅い子にも配慮がされていていることにほっとしました。娘のときにはそんな配慮に気付けなかった…当事者にならないと分からないものですね。
何とか逃げ出さずに式を終えられましたが、やはり、不安感は拭えませんでした。
<いよいよママと別れて一人登園が始まり>
ここからが本番ですよね。母は手を離し、先生に託すしかありません。
初めての園バスでの登園日、自分に何が起きているのか理解ができす、泣きながらバスに乗せられて行ってしまいました。午前中のみだったので、たった3時間ですけどね。
それでも、疲れきって放心状態のまま帰ってきました。それが続くこと3日。
ところが、4日目には嫌がるどころか、自ら進んでバスに乗るようになったのです!
そして、帰り際にはバス付き添いの先生(普段は、息子のような問題のある年少児の補助をして下さっている先生です)から、
お母さん、大丈夫ですよ!
〇〇君は、ちゃんとお話を理解できてます。
すぐに言葉も出てくるようになるだろうし、おしっこもトイレでできるようになりますよ。
先生の言葉にほっと胸をなでおろしました。
それも束の間、親子遠足では、私達母子のみ離れられず、横並びの席でバスに乗ることになったり、初めての保育参観も、私達だけ隣同士で座ることになったのですけどね。
<成長のときは突然に>
園生活が本格的に始まると、オムツは禁止になり、毎日3枚も4枚も濡れたパンツ、半ズボン、時に靴下まで持ち帰ってきました。夕方、洗濯機を回しながら、いつまでこんな生活が続くのかなあと不安な気持ちでいっぱいだったのを覚えています。
その時は突然でした。
今日○○君、トイレで立っておしっこできたんですよ!
弾む声で、担任の先生から電話がかかってきのです。家では全然進んでいなかったのに。次の参観のとき、その姿を見て、涙が出そうでした。
入園から2ヶ月、もう1年遅らせて年中から入園させるべきだったかと悩んでいた私の心が、パッと晴れ渡るような感覚がありました。
更に周りのお友達に刺激され、言葉も少しずつ出てくるようになっていたのです。
そんなこんなで、どんなに小さなことでも褒めて下さる担任の先生に励まされながら、1年が過ぎようとしていました。
正直なところ、最初、この若い先生に息子のようは子は荷が重すぎるのではと思っていたのですが…。昭和とは違い、褒められて育った平成の先生は強いですね!欠点やダメなところをあげつらうのではなく、とことん褒めて上げて下さるので、母親の私も気分が沈むことなく、息子も前向きに伸び伸びと成長できたのだと思っています。
ゆとり世代は失敗なんかじゃない!
ですね。これこそ、自己肯定感を育てるには必要なことかもしれません。「褒めて育てる」とても大切です。
年中・年長と成長し
<年中になり>
トイレも一人で行けるようになり、言葉も発達し、幼稚園生活に慣れた年少の1年が過ぎ、年中は、「気付きの年」だったなという気がします。
何をやっているのか分からなかった年少に対して、年中になると自分の置かれている状況を理解し始めてきたようでした。
すると、不安が先立つようになり、行事の練習などでプレッシャーがかかると急に高熱を出すようになったのです。お遊戯会の前は、足が痛いと引きずるので、病院に連れていくも異常なしだったなんてこともありました。
今考えれば、これも彼なりに成長の一環だったのではと思うのです。お口は、3歳までは嘘のように一気に達者になっていきましたけどね。
<年長になり>
そして年長になると、なぜなぜ少年に変身しました。すぐに何で?と聞きたがります。
あれにこれにも興味津々になっていたのもこの時期ですね。
ベテランの明るく元気な先生は、常に自由で開放的だったので、息子の個性が爆発し、参観に行っても、みんなの前でどんどん発言をするようになりました。実際は的外れだったり、空気を読めない発言だったりするのですが…お構いなく、先生はとことん付き合って下さいました。感謝ですね。
ときに周りの子たちに煙たがられたりしたこともあったようですが、先生がいつも興味を持って自分の話を聞いてくれるので、おしゃべりすることが楽しくて楽しくて仕方がなかったようなのです。
息子にとって忘れらない1年になりました。小3の今でも、年長のときにお世話になった先生のお話しはよくしてくれます。
息子にとって、「幼稚園=その先生」ってくらい大好きだったようですね。
このように特性の強い子供は、先生との相性も大切ですね。
真面目で理想が高い先生にとっては、息子のような子は正直邪魔です。そのようなタイプの子供たちにも嫌われやすいですね。(「人と違っている」ということが気になるタイプの子には注意ばかりされていました。)いじめのようなことに合ったこともありました。(小学校低学年のころです。)
その一方で、個性を面白がってくれる先生にはこれでもかってくらい好かれます。
まあ~先生も人間なので仕方ないですね。諦めも肝心です。
まとめ
集団が苦手で聴覚過敏だった息子でも、幼稚園に通うようになり、同年代のお友達の間で刺激を受け、先生からたっぷり愛情を注いでいただき成長しました。
乳幼児期に嫌っていた集団生活にも幼稚園に通うことで慣れ、拒否反応は起こさなくなりましたよ。ただやはり、心身が疲れていることは分かります。理不尽なことを言ってきたり、ひときわワガママだったりすることもありますからね。
ですから、家に帰ってきたら、本人の好きにさせています。彼は、いつも馴染のアニメを見たり、ぼーとおやつを食べながら、心身の回復を待っているようです。それが分かっているので、習い事を詰め込んだり、外遊びを強要したりはしません。小学校の今でも、帰宅後のこの時間は大切にしています。
世間的には、帰宅したすぐに宿題をさせるとか、習い事をあれこれさせなきゃもったいないと思われるご家庭もあるかと思います。
世間で正しいと思われることでも、彼に合わないならさせる必要なしだと思っています。ときに甘えに見えるようで、夫からあれこれ言われことがありますが、無視ですね。(笑)根性論もいりません。無理すれば、心を壊すこともありますからね。
ただ私にも収穫がありました!
未だに手探りで子育てをしていますし、迷いだらけですが、彼を育てることで、自分のつまらない固定概念を捨てることができましたよ。感謝ですね。
彼は能力が凸凹なので、凸だけ伸ばしてくれれば良しです!
そして、最終的に息子なりの幸せを見つけて欲しい。
ただ母の願いはそれだけです。
入園前に声をかけて下さいった先生の言葉通りかもしれませんね。
個性の全く違く子供たちを育てることができて良かった!
そう思います。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ポチっとしていただけたら嬉しいです。