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将来の夢が思い浮かばない娘と将来の夢がポンポン出てくる息子

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こんにちは。

いつも⭐やブックマーク、温かいコメントを下さる皆さま、ありがとうございます!

励みになります。

 

 

 

皆さん、子どものころに将来の夢を聞かれて、

 

何も思い浮かばない派でしたか?

それとも、

ポンポン出てくる派でしたか?

 

我が家の娘は思い浮かばない派で、息子はポンポン出ている派です。ちなみに私は娘と一緒で、全く思い浮かばない派でしたが、実兄はポンポン出てくる派で、高校生のときにある職業を目標に掲げ、実現させました。

 

どちらも同じ親に育てられたのに…これって

 

男女の差?

 

なのでしょうか。

 

いや、娘の周りを見ると、女の子でもしっかり目標が定まっている子もいれば、男の子でも娘と同じように何を目標に掲げるべきか迷っている子もいます。

 

 

では、何の差なのでしょう???

 

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失敗したくない!私

まずは私の話になってしまいますが…。

 

幼稚園のころから、将来の夢を聞かれるのが苦痛で仕方ありませんでした。

なぜ周りの子たちは、

 

私、幼稚園の先生になりたい!

私は看護婦(時代を感じますね)さん!

バレリーナ!

スチュワーデスさん(これまた時代が…)!

ケーキ屋さん!

 

なんてポンポン出てくるの?心の中で呟きつつ、一人迷っていたものです。

 

まあ~この年齢で出てくる憧れの職業など、身近にその職業の人がいるか、テレビの影響、アニメや漫画の影響だったのでしょうけど。

 

 

その後、小学生になっても、中学生になっても思い浮かばず、高校生になって、進路希望で書かなくてはならず、苦し紛れに書いたのが、

 

翻訳家

 

でした。

 

高校の雰囲気や自分の実力を加味して、語学系に進学することを決めていたので、それに繋がる職業で、陰キャな私でも辛うじて公にして恥ずかしくないのは翻訳家だったのかもしれませんね。

もちろん、実際に翻訳家として生計が立てられるようになるのは大変だとは、当時から理解していましたよ。

 

 

目標を掲げるには、それ相応の実力が備わっていてこそ口に出す権利があるのだと。

 

失敗は許されない。だから、無邪気にあれになりたい!これになりたい!なんて恥ずかしくて言えない。

 

当時の私は、そう思っていたのです。

 

 

まあ~この年齢にまでなると、そうじゃないよ。

 

現段階で無理な目標でも、それに向かって頑張れば良いじゃない。夢を公にすることは恥ずかしいことも何でもない。

 

そう思えますけどね。

 

あの当時の私はそう思えなかったのです。自分に自信がなく、今でいう自己肯定感が異常に低く、身の程をわきまえず夢見て、失敗してしまったら恥ずかしいじゃない…というプライドだけは高かったのです。

 

今なら、若いころに失敗なんて取り戻せるのだから、バンバン進みなさいよと思いますけどね。

 

 

 

真逆の兄

その一方で兄は、親の前だけはなく、親戚一同が集まるようなお盆や正月の集まりでも堂々と、

 

「○○になりたい!」

 

とはっきり言えるような人でした。

 

 

実際に、自分で公にしたからにはと、自身にプレッシャーをかけ、ガンガン勉強を頑張り成し遂げましたけどね。

 

 

どちらもプライドが高いのは一緒ですが、兄と私で明らかに違っていたのは、

 

自分はできる

やればできる

 

という自己肯定感の高さだったのでしょうねえ。

 

 

なぜ、同じ親から産まれて、同じ親に育てられたのに、方や劣等感の塊で、方や自信満々の子になってしまったのだろう。

 

 

 

その違いは周りの環境のせい?

兄はいつでも目立つ存在でした。

 

勉強もでき、運動神経もよく、体も大きかった。

 

小学校で1年間だけダブっていたのですが(私小1、兄小6)、よく

 

「○○の妹だ!」

 

と指をさされていました。恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら隠れたいくらいだった気持ちだったことを覚えています。私に注目しないで…と。

 

 

母方も父方も兄弟が多かったので、どちらにもいとこがた~くさんいたのですが。

 

もちろん直系長男の長男だけは別格扱いでしたが、それにあてはまらないはずの兄も、両家でかなりかわいがられていました。たくさん孫がいると恐ろしいほど実力社会なので、

 

優秀だったからかわいがられていたのです。

 

そんな兄に隠れて、私は無でした。そりゃ自己肯定感なんて育たないですよね。(笑)

 

 

両親は兄妹で差別することなく、女の子である私をかわいがってくれましたが。

正直、私男の子じゃなくて本当に良かったと心から何度思ったことか。

 

 

でもですね。

これは私と兄の話であって、我が家の娘と息子のケースとはだいぶ違うのです。

 

 

 

将来の夢がない娘と将来の夢がある息子

自分に自信もなくて自己肯定感が低く、将来の夢もなく、でもプライドだけ高い私は、結婚し2児に恵まれました。

 

 

<娘も私と一緒だった…>

長女は、私より要領がよく頭の回転も早い子ですが…残念なことに私と同じです。

 

あまり自己肯定感が高くなく、でもプライドが高く、絶対に失敗をしたくない子(失敗すると激しく落ち込みます)なので、冒険をしたがりません。

 

そんな彼女もまた、将来の夢を聞かれるのを嫌います。

 

「思い浮かばない…」

 

と。失敗が想定されることはしたくないし、自分の能力を顧みずに夢を高らかに公にするなんて死んでもできないと思っているようです。

 

「何も思い浮かばない…」

 

中学受検の際に志望校に提出する書類も、何を書いていいのか分からず、迷いに迷い、興味のある文房具、そして、絵が得意なので、一応そのデザイナーということにしました。

プロダクトデザイナーという職業があるそうですね。

 

でも、それはその場しのぎのもので、「本当にやりたくて書いたわけではないから」と娘に釘を刺されました。

 

興味のあるものはそれなりあるのですが、それを職業にと言われると、いつも彼女に否定されてしまいます。

 

「無理だよ~。」

 

と、すかさず私や夫が

 

「やってみないと分からないじゃん。」

 

と言っても。

 

「やる前から分かる。無理って。」

 

と否定されてしまいます。

 

そんな彼女の様子を見ていると、何か育て方を間違えてしまったのかなと…私の育て方の何が悪かったのだろう…と思わずにはいられませんでした。

 

 

<息子は正反対>

娘の様子を見て、きっと私の育て方が間違えていたんだ!と思っていたところ、同じ親に育てられている息子は全く違っていたのです。

 

言葉を話せるようになってから、いくつ将来の夢を語ってくれたことか。

 

エレベーターをつくる人になる

ロボットをつくりたい

トイレをつくりたい

家を建てたい

設計してみたい

絵本を描きたい

説明書をつくりたい

車や電車のデザインをしたい

新幹線を運転してみたい

 

等など挙げたらキリがないほど、たくさんの夢を語ってくれます。

 

大人が精査すれば、彼の体力、能力的にどうなんだろう?と思われるものもありますし、それって採用があるのかな?と思わる職業もありますけどね。

 

でもまだ小3の子どもですから、現実など突きつける必要など全くないので、どんどん興味にあることをやったらいいと放置しています。

 

息子は、疑うことをせず純粋な子なので(きっと娘のような子からしたらバカな男子に見えるでしょう(笑))、何でも興味のあることなら自分はできると考えるのでしょうね。

 

先生や大人に言われるままに気持ちを上げたり、頑張れたりしちゃいますからね。典型的な男子なので、幼くうるさいけど、上手に持ち上げれば、どんどんその気になってしまう感じですね。

 

そんな男子を利用して、全体の士気を高めるのがうまい先生っていらっしゃいますよね。その手の先生には、息子は好かれます。逆に先生が出した指示をきちんと理解して、正確に動くことを求める先生(主に女子が好かれる)には嫌われますけどね。

 

 

結局、娘と息子を見ていると、親の育て方というわけでもなさそうですね。

 

しかも、我が家の子どもたちの関係性は、私と兄のそれとは違っているのに、同じ結果になってしまっている不思議さよ。

 

 

 

結局何が大切?

兄に対する劣等感から、著しく自己肯定感を下げ、自分なんて夢を見たところで叶うなはずがないから、夢など見ないと思った私

 

失敗を恐れて、失敗するくらいなら何もしない方がいいと、夢見ることができない娘

 

 

結果は同じでも、将来の夢が思い浮かばない理由は明らかに違いますよね。

 

 

一方で、兄と息子が無邪気なのは似ていますね。失敗を恐れず(そもそも自分が失敗する姿を想像すらしていない)、どんな夢を公にしても、周りにバカにされるなんて思ってもいない純粋さ。

 

ここは共通しているような気がします。

 

 

私と娘にはその純粋さが足りないのかな。自分を信じる、無邪気で純粋な気持ち

 

 

 

今の私は

相変わらず私は、自己肯定感が低く、でもプライドだけは高いまま…

 

何にもなれずにいましたが、縁あって結婚し、子どもを授かり、育てていく中で、ふとつきものが取れた気がするのです。

 

自分は自分で良いのかもしれない

 

と。

 

兄は寄り道することなく、ストレートで希望の大学に合格し、憧れの職業を手にいれました。が、想像以上の仕事のハードさ、そして、人間関係に心身ともに疲弊し、何度も辞めたいと言っています。

 

兄も、私と同じ悩める人間でした。

 

 

年齢を重ね、色々な経験が積み重なるうちに、私もそんなに劣等感を持たなくていいのだと思えたのです。誰かと比べるのではなく、自分だけを見ればいいと、子育てをしている中で気付かせてもらえたのです!

 

 

すると、本当に自分の中にしまい込まれていた箱が開いたような?気がします。

 

そう、語学ではなく、本当の本当は心理学が勉強したかった。

(受験倍率が恐ろしく高すぎて、どこの大学の心理学科も受かる気がせず、誰も言わずに自分の心から消し去りました)

雑誌の編集をしてみたかった。特に昔から料理関連の本や雑誌が大好きだった。

(これも端から、私みたいの凡人はマスコミ関係なんて到底無理と、これまた心から消し去りました)

 

 

そう考えると、娘の心の中にきっとしまい込まれている夢があるのかもしれませんね。

 

失敗など恐れずに、いつか開放されるといいな。

そう思っています。

 

 

とりあえず、私が通教で心理学を勉強してみますかね。いつも自信がなさそうに見えるママが動く背中を見せるのもいいかも。

まだまだ人生は長いですものね。

 

 

自分のために、娘のために頑張ってみますか。

 

 

 

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

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